つとむの履歴書

1943(昭和18)年5月27日

越谷市西新井に生まれる

農家の三男坊として生まれました。スポーツが好きな男の子でした。

越谷市立荻島小、荻島中学校(現西中学校)、県立越ケ谷高校(定時制)卒業

中学時代に卓球を始め、市内4位の成績をおさめました。
高校時代には生徒会長を務めました。

このときに初めて人前で演説をしました。このときの経験が後に生きることに。

当時の荻島中学校
高校の修学旅行(左)。先生とトランプに興じる。
清水次郎長の墓の前で
当時の荻島中学校

当時の荻島中学校

高校の修学旅行(左)。先生とトランプに興じる。

高校の修学旅行(左)。先生とトランプに興じる。

清水次郎長の墓の前で

清水次郎長の墓の前で

1967(昭和42)年3月

日大法学部二部卒業

昼間は市役所で仕事をしながら夜学ぶ「勤労学生」。

仕事が終わると電車に飛び乗り、水道橋にある大学まで通う日々でした。

1962(昭和37)年4月

越谷市役所就職

議会事務局を振り出しに、企画課、管理課、計画課に在籍、主任・係長を歴任。自治労越谷市職初代青年婦人部長、書記長、副委員長、越谷地区労副議長を歴任。

働く人たちの権利を守ろうと、労働組合運動にも参加。
その傍ら、荻島小学校PTA会長、荻卓会会長を歴任

市役所の仲間とキャンプ(左上)。
得意の野球。ポジションはピッチャー。
市役所の仲間とキャンプ(左上)。

市役所の仲間とキャンプ(左上)。

得意の野球。ポジションはピッチャー。

得意の野球。ポジションはピッチャー。

1975(昭和50)年4月

越谷市議会議員初当選

「地方自治を住民の手に」を掲げ、「住民自治、市民に開かれた行政サービスの実現」をめざし越谷市議会議員選挙に立候補し当選。以来連続6期当選。この間、副議長、建設常任委員長、農業委員会委員、消防委員など歴任。

周りからの強い勧めもあり、「働く人を代表する議員が必要」との思いで立候補を決意。
社会党所属の議員時代は、「党派よりもまず地域を大事に」をいつも念頭において活動してました。

市議選初当選。
市議選2期目の出陣式。
市議選、3期目の出陣。
市議選初当選。

市議選初当選。

市議選、3期目の出陣。

市議選、3期目の出陣。

地道に政策を訴えます。

地道に政策を訴えます。

1982(昭和57)年5月

埼玉県行政書士会登録

1998(平成10)年7月

埼玉県議会議員初当選

埼玉県議会議員補欠選挙で「市民の力、市民の声を県政に」を掲げて挑戦。約33,000票をいただき当選。以来連続4期当選。

県議時代は「住民参加」と「財源の確保」を中心テーマに活動しました。

地道に政策を訴えます。
市議選2期目の出陣式。

市議選2期目の出陣式。

2009(平成21)年9月

越谷市長選立候補

板川市政の継承・発展と、「安心度No.1の越谷」を実現するため、県議の職を辞し、越谷市長選挙への立候補を決意。

細川律夫厚生労働副大臣と連携。
板川市長と意見交換。
民主党結成時から下支えをしてきました。
細川律夫厚生労働副大臣と連携。

細川律夫厚生労働副大臣と連携。

板川市長と意見交換。

板川市長と意見交換。

民主党結成時から下支えをしてきました。

民主党結成時から下支えをしてきました。

現在の役職

  • 民主党埼玉県総支部連合会常任幹事(政策調査会長)
  • 民主党埼玉県総支部連合会第三区(草加・越谷)総支部幹事長
  • 荻島地区コミュニティ推進協議会会長、荻島野球連盟会長
  • 埼玉県武術太極拳連盟副会長、同・越谷連盟会長
  • 日大校友会埼玉県支部顧問

衆議院議員 蓮舫(れんほう)さんとの対談録

高橋つとむ 子育てママたちと語り合う

 

事務所連絡先

  • 埼玉県越谷市神明町3-497-3
  • TEL:048-978-6466
  • FAX:048-978-6497

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